「Clinejection」がAIボットをサプライチェーン攻撃に変えた経緯
2026年2月19日
0 分で読めます2026年2月9日、セキュリティ研究者のAdnan Khan氏は、「Clinejection」と名付けた脆弱性チェーンをClineリポジトリで公表しました。人気のAIコーディングツールに搭載された課題トリアージボットが、サプライチェーン攻撃の侵入口に変えられるものでした。8日後、正体不明の攻撃者が同じ欠陥を悪用し、未承認バージョンのCline CLIをnpmに公開。8時間の間にアップデートしたすべての開発者のマシンに、AIエージェントOpenClawをインストールしました。
この攻撃チェーンが注目されるのは、単独で目新しい手法が使われたからではありません。よく知られた脆弱性(間接的なプロンプトインジェクション、GitHub Actionsのキャッシュポイズニング、認証情報モデルの弱点)を組み合わせ、GitHubの課題を開くだけで成立する単一の攻撃にした点です。
Clineの500万人を超えるユーザーに対する実際の影響は限定的でした。未承認のcline@2.3.0が公開されていたのは約8時間で、ペイロード(OpenClawのグローバルインストール)も明白な破壊行為ではありませんでした。しかし、オートアップデートを有効にしたすべての開発者に任意のコードを配布できるという潜在的な影響こそ、このインシデントを詳しく検証する価値がある理由です。SnykとClineは、AI支援型コーディングの安全性確保を目的とするセキュリティパートナーシップを以前から結んでおり、このインシデントは業界全体でこうした連携が重要であることを改めて示しています。
過剰な権限を持つAIエージェント
2025年12月21日、ClineのメンテナーはGitHubリポジトリにAIを活用した課題トリアージのワークフローを追加しました。このワークフローではAnthropicのclaude-code-actionを使用し、新しい課題に自動応答していました。設定は次のとおりです。
次の2つの設定が危険を招きました。
allowed_non_write_users: "*"により、GitHubユーザーなら誰でも課題を開いてワークフローを実行できました。--allowedTools "Bash,Read,Write,Edit,..."により、AIエージェントはGitHub Actionsランナー上で任意のコードを実行できました。
課題のタイトルはプロンプトに直接埋め込まれていました。これは典型的な間接的プロンプトインジェクションの攻撃面です。
ステップ1:課題タイトルを介したプロンプトインジェクション
攻撃者は、Claudeの意図された動作を上書きする指示を含むGitHub課題のタイトルを作成できます。
github:cline/cline#aaaaaaaaは特定のコミットを指しています。GitHubのフォーク構造により、攻撃者は自身のフォークにコミットをプッシュでき、そのコミットはフォークを削除した後も親リポジトリのURLからアクセスできます(「ダングリングコミット」と呼ばれる手法です)。
このコミットはpackage.jsonを、悪意のあるpreinstallスクリプトを含むバージョンに置き換えます。
ClaudeがBashツール経由でnpm installを実行すると、preinstallスクリプトが自動的に実行されます。AIエージェントが実行内容を確認する機会はありません。Khan氏は、Clineリポジトリのミラーで「すべてのテスト試行において、Claudeが問題なくペイロードを実行した」と確認しています。
これはSnykが注視してきたパターンです。トキシックフロー分析に関する調査では、まさにこの種の脆弱性を取り上げています。信頼できないデータがAIエージェントのコンテキストに流入し、コード実行を可能にするツールアクセスと組み合わさることで、攻撃者がエージェントの動作を制御する「トキシックフロー」が生まれます。Clineのインシデントは、トキシックフローがローカル開発環境だけでなく、CI/CDでも現実の脅威となることを示す事例です。
ステップ2:GitHub Actionsのキャッシュポイズニングによる横展開
プロンプトインジェクションだけで、トリアージワークフローのランナーは侵害されました。しかし、トリアージワークフローのGITHUB_TOKEN権限は制限されており、公開用シークレットにもアクセスできませんでした。リリースパイプラインに到達するには、攻撃者は別の経路へ移る必要がありました。
そこで利用されたのがGitHub Actionsのキャッシュポイズニングです。
GitHub Actionsの重要な特性として、デフォルトブランチで実行されるワークフローは、キャッシュを明示的に使用していなくても、共有Actionsキャッシュを読み書きできます。低権限のトリアージワークフローと高権限の夜間リリースワークフローは、同じキャッシュ範囲を共有していました。
GitHubのキャッシュ削除ポリシーでは、リポジトリごとのキャッシュが10 GBを超えると、最も長く使われていないものから削除(LRU)されます。攻撃者はこれを次のように悪用できます。
トリアージワークフローから10 GBを超える無意味なデータをキャッシュに詰め込む
LRU削除を発生させ、正規のキャッシュエントリを追い出す
夜間ワークフローのキャッシュキーに一致する、汚染されたキャッシュエントリを設定する
Khan氏のオープンソースツールCacheractは、この一連の処理を自動化します。キャッシュエントリを汚染し、actions/checkoutの後処理ステップを乗っ取ることで、ワークフローの実行をまたいで状態を維持します。
Clineの夜間リリースワークフローは、キャッシュされたnode_modulesディレクトリを使用していました。
夜間公開ワークフローがUTC午前2時ごろに実行され、汚染されたキャッシュを復元すると、攻撃者はVSCE_PAT、OVSX_PAT、NPM_RELEASE_TOKENにアクセスできるワークフロー内で任意のコードを実行できました。
ステップ3:夜間用認証情報が本番用認証情報に
夜間リリース用の認証情報は、本番用とは異なる範囲に制限されていると思うかもしれません。実際はそうではありませんでした。
VS Code MarketplaceとOpenVSXは、公開トークンを個々の拡張機能ではなく公開者に紐づけています。Clineの本番版と夜間版の拡張機能は、同じID(saoudrizwan)で公開されていました。そのため、夜間用PATで本番リリースを公開できました。
同様に、npmのトークンモデルではNPM_RELEASE_TOKENがclineパッケージ自体に紐づいており、このパッケージは本番版と夜間版のリリースで共有されていました。
脆弱性の開示から悪用まで:実際に何が起きたのか
まとめると、GitHubユーザーなら誰でも開ける1件の課題をきっかけに、次の攻撃チェーンが実行される可能性がありました。
課題タイトルのプロンプトインジェクションでClaudeをだまし、攻撃者が管理するコミットから
npm installを実行させる悪意のある
preinstallスクリプトが、ActionsランナーにCacheractを展開するCacheractがキャッシュに10 GBを超える無意味なデータを大量に投入し、LRU削除を発生させる
Cacheractが夜間ワークフローのキーに一致する汚染済みキャッシュエントリを設定する
夜間公開ワークフローがUTC午前2時ごろに汚染されたキャッシュを復元する
攻撃者が
VSCE_PAT、OVSX_PAT、NPM_RELEASE_TOKENを窃取する攻撃者が数百万人の開発者に悪意のあるアップデートを配布する
日付 | 出来事 |
|---|---|
2025年12月21日 | ClineがリポジトリにAIを活用した課題トリアージワークフローを追加 |
2026年1月1日 | Adnan Khan氏がGHSAを提出し、security@cline.botにメールを送信 |
2026年1月31日~2月3日 | Clineの夜間ワークフローで不審なキャッシュ障害を確認 |
2026年2月9日 | Khan氏が調査結果を公開。Clineは30分以内に修正 |
2026年2月10日 | Clineが報告を受領したことを確認し、認証情報をローテーションしたと発表 |
2026年2月11日 | トークンがまだ有効な可能性があるとの報告を受け、Clineが認証情報を再度ローテーション |
2026年2月17日 | 未承認の |
2026年2月17日 | Clineが2.4.0を公開し、2.3.0を非推奨に指定して、正しいトークンを失効 |
2026年2月17日 | |
インシデント後 | ClineがGitHub Actions経由のOIDCプロビナンスを使ったnpm公開に移行 |
Khan氏は2025年12月下旬に脆弱性を発見し、2026年1月1日にGitHub Security Advisory(GHSA)を提出するとともに、Clineのセキュリティ窓口にメールを送りました。
2月9日、Khan氏が調査結果を公開した後、Clineは脆弱性を修正し、30分以内にAIトリアージワークフローを削除して、公開ワークフローからキャッシュ利用を排除しました。チームは認証情報もローテーションし、報告を受けたことを認めました。
しかし、認証情報のローテーションは不完全でした。2月17日、正体不明の攻撃者が、まだ有効だったnpmトークン(2月9日に誤ったトークンが失効されていた)を使い、次の変更を加えたcline@2.3.0を公開しました。
未承認バージョンは、Clineがバージョン2.4.0を公開して2.3.0を非推奨にするまで、約8時間にわたって公開されていました。CLIバイナリ自体は、正規版の2.2.3とバイト単位で同一でした。このインシデントを受け、ClineはGitHub Actions経由のOIDCプロビナンスを使ったnpm公開に移行し、長期間有効な静的トークンを攻撃対象から排除しました。
Khan氏はさらに、1月31日から2月3日にかけてClineの夜間ワークフローで不審なキャッシュ挙動があった証拠も指摘しました。Cacheractを示す特徴的な侵害指標として、actions/checkoutの後処理ステップが出力なしで失敗していました。別の研究者によるものか、実際の脅威アクターによるものかは、依然として不明です。
OpenClawのペイロード:興味深い選択
未承認のcline@2.3.0はOpenClawをグローバルにインストールしました。OpenClawは、コマンド実行、ファイルシステムへのアクセス、ウェブ閲覧機能を備えたオープンソースAIエージェントです。それ自体が本質的に悪意のあるものではありません。
しかし、その選択には考察すべき点があります。セキュリティ研究者のYuval Zacharia氏は、次のように指摘しています。「攻撃者が遠隔からプロンプトを送れるなら、それは単なるマルウェアではなく、C2の次なる進化形だ。独自のインプラントは不要。エージェントそのものがインプラントで、プロトコルはプレーンテキストだ。」
自然言語を解釈し、コード実行やファイルアクセス用のツールを組み込み、エンドポイント検知ツールには正規の開発者向けソフトウェアに見えるAIエージェントは、強力な侵害後の武器となります。今回、OpenClaw自体が悪用されていなかったとしてもです。
Snykは以前から、OpenClawのアーキテクチャ(シェルアクセス、広範なツール権限)がもたらすセキュリティリスクを調査してきました。ToxicSkills調査では、ClawHubのようなプラットフォーム上にあるAIエージェントスキルの36%に、認証情報の窃取やバックドアのインストールを狙った実際の悪意あるペイロードを含むセキュリティ上の欠陥があることがわかりました。
AIエージェントは新たなCI/CD攻撃対象領域
この攻撃チェーンは、Snykが2025年と2026年に複数のインシデントを通じて記録してきたパターンを浮き彫りにしています。広範なツールアクセスを持つAIエージェントは、これまで侵入が困難だったシステムへの入り口を容易にします。
2024年12月、攻撃者がGitHub Actionsのpull_request_targetの設定ミスを悪用してビルドパイプラインにコードを注入し、悪意のあるパッケージをPyPIに公開した、Ultralytics AIのpwn requestサプライチェーン攻撃を分析しました。Clineのインシデントも、CI/CDのトリガー悪用から認証情報の窃取、悪意ある公開へと至る同じ構造ですが、新たな点があります。侵入口がコードではなく自然言語だったことです。
2025年8月には、Nxの悪意あるパッケージインシデントで攻撃者がAIコーディングエージェントを武器化した方法を取り上げました。この攻撃では、悪意あるnpmライフサイクルスクリプトからClaude Code、Gemini CLI、Amazon Qを危険なフラグ(--dangerously-skip-permissions、--yolo、--trust-all-tools)付きで起動し、開発者向けAIアシスタントを偵察と情報窃取のツールに変えました。

Nx npmマルウェアを解説:AIエージェントの乗っ取り -- SnykのBrian Clarkが、攻撃者が悪意あるnpmパッケージを使ってAIコーディングエージェントを武器化し、認証情報の窃取やデータ流出を行った手口を解説します。
Clineのインシデントは、これをさらに一歩進めたものです。AIエージェントは開発者のマシンではなくCI/CDパイプライン内で動作し、共有Actionsキャッシュ、そして間接的には本番公開用の認証情報にもアクセスできました。
AIネイティブアプリの新たな脅威環境に関する調査で指摘したように、AIの脆弱性と従来型のセキュリティ上の弱点が交わることで、どちらか一方の防御だけでは対処しにくい攻撃チェーンが生まれます。プロンプトインジェクションスキャナーではキャッシュポイズニングを検知できません。CI/CDの強化ガイドでは、自然言語が攻撃ベクトルになることを想定できません。
深刻度は低い—しかし潜在的な影響範囲は大きい
実際に起きたことと、起きる可能性があったことを正確に区別することが重要です。
実際に起きたこと:
不正な
cline@2.3.0が、2026年2月17日にnpmで公開されました約8時間公開され、postinstallスクリプトを通じてOpenClawをグローバルにインストールしました
CLIバイナリ自体は改変されていません
Clineの監査では、VS Code MarketplaceまたはOpenVSXに不正なリリースがないことが確認されました
GitHubのアドバイザリでは、深刻度は低と評価されています
起きる可能性があったこと:
巧妙な攻撃者であれば、バックドアを仕込んだClineのVS Code拡張機能をMarketplaceやOpenVSXで公開できた可能性があります
500万件を超えるインストールと自動更新の有効化により、悪意あるコードがすべての開発者のIDE環境で実行され、認証情報、SSHキー、ソースコードにアクセスできた可能性があります
この攻撃に必要なのは、GitHubアカウントと、公開されている手法に関する知識だけでした
CI/CDパイプラインでAIエージェントを安全に運用する方法
npm経由で cline@2.3.0 をインストールした場合:
アンインストールします:
npm uninstall -g clineOpenClawがインストールされている場合はアンインストールします:
npm uninstall -g openclawバージョン2.4.0以降を再インストールします:
npm install -g cline@latest予期しないグローバルnpmパッケージがないか、システムを確認します:
npm list -g --depth=0影響を受けたマシンでアクセス可能だった認証情報をすべてローテーションします
ClineのVS Code拡張機能を使用している場合:
Clineの監査により、不正な拡張機能のリリースが公開されていないことが確認されました
今回のインシデントによるVS Code拡張機能への影響はありません
IDE拡張機能の自動更新を無効にし、インストール前に更新内容を確認することを検討してください
AIネイティブな攻撃からCI/CDパイプラインを守る
Clineのインシデントは、AIセキュリティと従来型のCI/CD強化の両方を網羅する多層防御が、組織に必要であることを示しています。
CI/CDでAIエージェントを運用するチーム向け:
ツールへのアクセスを最小限にする。 issueのトリアージに使うAIエージェントに、
Bash、Write、Editの権限は必要ありません。タスクに必要な最小限のツールだけを--allowedToolsで許可してください。リリースワークフローでActionsのキャッシュを使用しない。 公開用のシークレットを扱うビルドでは、ビルド速度よりも完全性が重要です。キャッシュポイズニングは、GitHub Actionsにおけるよく知られた攻撃手法です。
公開用の認証情報を分離する。 nightlyリリースと本番リリースでは、別々の名前空間と専用トークンを使用してください。nightly用のPATで本番リリースを公開できるなら、nightlyパイプラインは本番環境への攻撃対象領域になっています。
信頼できない入力をサニタイズする。 ユーザーが制御できるデータ(issueのタイトル、PRの説明、コメント本文)を、AIエージェントのプロンプトに直接埋め込まないでください。これは、文字列連結によるSQLインジェクションに相当する間接的なプロンプトインジェクションです。
認証情報のローテーションを徹底的に検証する。 Clineのインシデントは、認証情報のローテーションが不完全だと、脆弱な状態が続く可能性があることを示しています。侵害後にシークレットをローテーションする際は、すべてのトークンが実際に失効していることを確認し、露出を抑えるために短期間だけ有効な認証情報(npmのOIDCプロベナンスなど)への移行も検討してください。
SnykがAIエージェントのサプライチェーンを安全にする方法
Snykは、今回の攻撃で悪用された種類の脆弱性から守るためのツールを複数提供しています。agent-scan (mcp-scan)は、AIエージェント、MCPサーバー、エージェントスキル向けのオープンソースセキュリティスキャナーです。MCPの設定とインストール済みのスキルを自動検出し、プロンプトインジェクション、ツールポイズニング、悪意あるコード、有害なフローをスキャンします。uvx mcp-scan@latest --skillsで実行できます。
Snyk AI-BOMは、プロジェクトのAI部品表を生成し、AIモデル、エージェント、ツール、MCPサーバー、データセットを特定します。コードベース内のAIコンポーネントをすべて把握できるため、どのようなリスクにさらされているかを確認できます。snyk aibomで実行できます。
最後に、Snyk Open Sourceは、オープンソースの依存関係に既知の脆弱性や悪意あるパッケージがないかを監視します。Snykの脆弱性データベースは、cline@2.3.0のような侵害されたパッケージのバージョンを検出します。AIネイティブなセキュリティ脅威に対するSnykの取り組みについて詳しくは、有害なフローの分析、MCPにおけるプロンプトインジェクション、エージェントの乗っ取りに関する調査をご覧ください。
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